スピからさよならできなくても

概要

本ブログはスピのウソを暴き(特定のスピは明確にしない一般的な柔らかい方法で(笑))スピから縁を切ることを勧めることを目的としている。

しかし、スピを彷徨うスピファンにとっては完全にスピとさよならすることは難しいこともわかっている。

そこで、せめてこれだけは守ろうという境界線を述べたいと思う。

現状

スピファンは実にたくさんいると思う。

それも一過性のものではなく、何十年もあるいは一生ものなんてざらである。

それほど、人の心に深く刺さってくるスピは実はやっかいな筋金入りのモノといえる。

私だって、約半世紀もスピや新興宗教を彷徨ってようやく気が付く始末なのだから。本当は人にさよならを言えるほどの人間ではないのだ。

それだけに、スピファンの気持ちはよくわかるのである。

事実

スピファンには大きく3つのレベルに分けられる。

  • 浅く広く興味本位でその時の人生の背景によって様々なスピをかすめていく人
  • ある程度、本命のスピに絞りこんで何年も何十年も続ける人

※上記2タイプはあくまで個人だけの満足感に収まっており、他人や家族に公言したり勧めたりはしない。

  • 自分だけでなく、家族や知人にも強く勧誘したり、スピにお金を投資したりする人

このうち、3つ目のタイプはスピというより新興宗教に多いタイプだ。

仮説

どうしても、スピが気になったり離れることが出来ない人はそれでもいいと思う。

上記の最初の広く浅く関わる程度ならば特に問題ないだろう。

たまに、スピの世界に浸ってかりそめの安らぎを得るのも(本当は無駄だが)人としてのせめてもの楽しみでもある。

しかし、何十年もあるスピにのめり込んだり、ましてやお金を貢ぐようなレベルはハッキリ言ってやばい。

所詮、個人の人生だから個人が決めることだが、参考にしてもらえれば幸いである。

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