概要
スピリチュアルでは、高尚な霊?や守護霊?や、霊視能力があるとされる人たちがよく言うことの一つに、今の親子、兄弟、友人など縁ある人は過去世でも縁があるというものがある。
言われてみれば、すんなりと受け入れてしまう「縁(えん)」のテーマについて考察してみよう。
なお、本記事の大前提として、生まれ変わりはあるということで話を進める。
現状
仏教の有名な言葉に「袖すり合うも多生の縁」というものがある。
電車や歩いていて全くの他人と少し接触するだけでも、過去に縁がなければあり得ないという意味である。それほど多くの生まれ変わりがある(多生)から、多くの人と袖すりあうのだ。
確かに、全人類の約78億人(2020年現在)の中で一生ですれ違う人数(約3百万人:100人/日×80年と仮定)などほんのわずか(0.04%)でしかない。
それほど、すれ違うことすら稀なことだとわかるだろう。
ましてや、親子・兄弟に至っては縁の強さは半端じゃないということだろう。
今の親子は、前世では親子が逆だったり、夫婦でも男女が別だったりと、ありとあらゆるパターンが存在すると言われている。
これがもし本当のことであったなら、皆さんはどう感じるのだろうか?
私は、永遠の仲間がいるという安堵感という幸福感を感じた。
しかし、一方でいったいこの関係はいつまで続くのか?という絶望感も感じた。
今世の人生と同じような人生を、役割を変えながら何度も何度も繰り返しても、所詮は今世と同じような課題を抱え、また同じ仲間で延々と人生を繰り返すに決まっているではないか。
この世の人生で、理想通りの人生を送ること自体不可能であることは、誰しもが認められることではないだろうか。
確かに、生まれ変わりを繰り返せば、人生の経験は積まれていくだろう。しかし本当に進化しているのだろうか?ただ、同じことを繰り返しているだけではないのだろうか。
進化とは、もっと大きな変化や飛躍で会ってほしいと願ってしまうのは、未熟な私だけだろうか・・・
ゴーダマ仏陀がいう、輪廻転生(生まれ変わり)は苦であり、そこから脱出(解脱)しようという教えが真実に思えてしまうのである。
事実
スピリチュアルは、基本的に生まれ変わりを人の進化のために必要なものとして肯定している。
その仕組みを輪廻転生の縁という仏教の思想を借りて、同じような人間関係の人生を役割を変えて繰り返すという話が定番だ。
ただし、スピリチュアルの世界にも生まれ変わりを終わらせ、次のステージに進むネタもあることは事実だ。
いわゆる、アセション(次元上昇)というもの。
概念は曖昧だが、要するに肉体に生まれ変わることがなくなり、人はずっとあの世(4次元とも第4密度など)で生活するという説だ。
ところが、アセションというのがまったく詳細不明なのである。
アセション後の縁はどうなるのか?
この世の人類はどうなるのか?(無くなるのか?)
などの説明がほとんどないのだ。
アセション後の人類の詳細なことを説明できるスピリチュアルに出会ったことがない。ただすばらしいイメージを示すだけだ。
仮説
生まれ変わりは、縁によって同じ仲間同士で何度もこの世に生まれ変わり役割を変えながら人生を繰り返しているのだ、というのはウソではない気がする。
しかし、スピリチュアルでは現状を説明したり、その事例を紹介するまでにとどまっているにすぎない。
同じような人生の繰り返しからどうやって脱却するかについては何も教えていない(教えられない)
アセションという意味不明な言葉で結論付けているだけである。
結局のところ、生まれ変わりの目的や、仕組みの全貌を俯瞰させてくれる人はゴーダマ仏陀やイエスしかいないのだろうか。
もしそうであれば、人類は偉大な聖者の出現によって救われるのが数千年に1度という極めてかわいそうな生命体ではないかと思う。
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