本物の聖者はあの世を解説しない

概要

スピではあの世の話は定番中の定番である、多いよねぇ。

あの世はこうなっている、ああなっているなど見てきたんかい!と言いたくなるほど詳細に語るのである。

しかし、意外なことに悟りに至った聖者(ゴーダマ仏陀やインドのヨーギーなど)はほとんどあの世の構造や仕組みなどについては説明していないことをご存じだろうか?

イエスキリストもあの世のことにはほとんど触れていない。

現状

ゴーダマ仏陀はこの世は「苦」と喝破し、彼岸に至るための教えを説いた。

だからと言って、彼岸がああだこうだと細かいことは述べていない(まあ、現存する仏典はどれもゴーダマ仏陀本人のものではないので、そもそも信用度が低いのではあるが)

聖書でも、イエスは予言やたとえ話をしても、死後の世界については詳細には説明していないのである。

聖者たちがあの世ついてあまり語らないからといって、あの世を知らないとか、あの世が無いということではもちろんないと思う。

おそらく、あの世のことを語ることが重要ではないと判断しているからではないだろうか?

その謎を考えてみるのもおもしろいと思った次第である。

事実

あの世のことを紹介することをしないということは、単純にあの世が重要なものでないからではないだろうか?

むしろ、良きものではないのかも知れない。

聖者は、私たちが真の幸せになるために本当に重要なことを説明し、不要なものには触れないと言うロジックは非常に単純だがわかりやすいと思う。

つまり、どうもあの世は私たちにとって重要でもなく、もしかすると好ましくない世界なのかも知れない。

実際にあの世から何度もこの世に輪廻転生しているわけだから、そうしたことを後押ししているあの世という世界は怪しいシステムの可能性もある。

仮説

ゴーダマ仏陀はこの世に輪廻転生することは「苦」の連鎖だと断言しているのである。

それにも関わらず、あの世から今日もこの世に沢山の人達が生まれてきていることをよしとしているあの世はいかがなものか?

そもそもあの世を作ったものは誰なのか?その目的は何なのか?

あの世について懐疑的に見ることも面白いかも知れない。

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