君子瞑想に近づかず

概要

宗教の世界では瞑想修行があることは常識だが、スピリチュアルでも星の数ほどの瞑想法が紹介されている。

瞑想の目的は、悟りを求める高度なものから心をリラックスさせるフィットネス的なものまで様々なレベルがある。

特殊な目的としては超能力を得るための瞑想法もある。

どのような、瞑想でも作用するのは人の “意識(精神)” であり、最も人間の根本的なものを扱うことは共通している。

人の根源である大変重要な “意識(精神)” に作用する瞑想法の安全性はどのように保障されているのだろうか?

少なくとも、スピリチュアルの瞑想法には安全保障の概念がない。

瞑想はすばらしいものだが、同時に危険であることを警鐘したい。

現状

スピリチュアルで紹介されている瞑想法は、必ず何らかの元ネタがある。

まったく自ら編み出した瞑想法というものはほとんどないといっていい。

インドのヨーガや禅宗などの仏教系の瞑想法を学んで、それに自分なりの味付けをしたものが多い。

もう一つの系統は、霊感がある人物が教える瞑想法から派生したものである。

欧米のオカルト系の手法などを参考にしていると思われるが出所は明らかにされないケースが一般的だ。

さて、皆さんは実際に瞑想教室で瞑想による精神障害的なトラブルが発生したということはまず聞いたことがないだろう。

しかし実際には、大小様々なトラブルが発生しているのだが表に出てきにくいのである。

その理由をいくつか示そう(以下)

  • 調子が悪くなった人はさっさとやめてしまう(どの世界でも同じだが、去っていく人の情報はけっして公開されない)
  • 効果がない、または逆効果の現象は闇に葬られる
  • 外傷のような目に見えるものではないので、訴えようがなく自己責任としてあきらめてしまう
  • そもそも瞑想の障害が何かわかっていないため気が付かない

もちろん、フィットネスレベルの瞑想法はリラックスする程度の安全なものだが、意識に作用するようなもの、潜在意識にアクセスするようなもの、または体感的に危険な行為(苦しい呼吸など)を伴うような瞑想法は非常に危険である。

なぜなら、人間の “意識、心、精神” の構造や実体は全く分かっていないからである。

スピリチュアルでは、よく登場する「潜在意識」だが、現代の心理学でも「潜在意識」についてはほとんど何もわかっていないのである。

例えば、潜在意識に何か作用させたときに、人間の精神にどのような影響が出るのかはまったく未知の世界なのだ。

つまり、ジャングルを知らないでジャングルでのサバイバルゲームを行うようなことをしているのと同じだ。

事実

瞑想法を紹介しているヨーガや仏教系、および神智学系などの書籍には、西洋東洋を問わず瞑想の自己修行を禁じており、必ず導師について修行するように警告している。

それは、瞑想の過程で必ず危険なステージや落とし穴にハマってしまうことを瞑想の先輩たちが経験しているからに違いない。

ところが、どのような不都合がおこるのかについて詳細に解説されたものを見たことがない。

きっと公開できない理由があるのだろうね。秘密にされるとなおさら怖いものだ。

軽い程度なら自分で瞑想を試してみてもよいと紹介する本は多いが、どこまでが軽い程度なのかよくわからないし、実際に読者は瞑想法を試してみたくなるのは無理もない。

仮説

瞑想法は、以下の種類に分けられると思う。

  1. 瞑想法そのものが間違っていて、危険もなく効果もないもの
  2. 瞑想法そのものが間違っていて、危険なもの
  3. 瞑想法は正しいが、自己で実践しても危険もなく効果もないもの
  4. 瞑想法は正しいが、自己で実践すると危険なもの

 ※瞑想法が正しくて自己修行しても安全で効果のあるものなんてない!(必ず導師が必要と言われているから)

さあ、あなたの実践している瞑想法がどれに該当するのか?誰もわかりません。

ただし、危険(どんなことが起こるのか不明)に遭遇するのは単純に50%かも知れません。

それでも、あなたはスピリチュアルの瞑想法を実践しますか?

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